January 2025 vol.49長谷剛志Takashi HASE公立能登総合病院歯科口腔外科 部長・歯科医師 令和6年1月1日朝、筆者は勤務先である公立能登総合病院の救急外来から連絡を受け、急患対応にあたっていた。患者さんは、地元の老漁師で年末からの歯痛を我慢して漁場に出たが、ついに耐えきれず頬をパンパンに腫らし病院に駆け込んできた。「いや~、不思議なことがあるもんや。滅多に獲れん魚が今朝はいっぱい網に引っかかっとったわ!」「長いこと漁師しとるけど、こんなん初めてや」「今年は何か起こるぞ……」。点滴パックをぶら下げて診療ベッドに横たわる患者さんは、天井の一点を見つめながら、おもむろにセリフを口にした。何かに期待しているというよりは、どことなく不安げな表情に見えた。今になって思えば、海底深くではすでに地震の予兆が起こっていたのかもしれない。 休日診療を終えて昼下がりに帰宅し、自分だけすっかり出遅れてしまった正月気分を取り戻すため、楽しみにしていたお節料理に箸をつけたところだった。家族全員のスマホから突如として鳴り響く緊急アラートとほぼ同時に体が宙に浮いた。続けて四方八方から襲いかかる複雑かつ激しい揺れに耐えきれず、気づけば散乱したお節料理の残骸と飛び散った食器の破片にまみれ、先ほど急患対応にあたった老漁師と同じように、亀裂の入ったわが家の天井の一点を見つめている自分がいた。 「地震です! 地震です! 石川県能登地方で大きな地震です!」「大津波が到達予定です! 逃げて! 逃げて! 早く逃げて!」。自宅リビングのテレビから流れる常軌を逸したアナウンサーの叫び声で我に返ると、画面には震度7(マグニチュード7.6)と表示されていた。89特別企画令和6年1月1日16時10分、石川県能登地方で令和6年能登半島地震が発生しました。地震の規模を示すマグニチュードは7.6で、非常に激しい揺れを観測。大津波警報も発表されました。この地震により死者数462人(直接死227人、関連死235人:令和6年11月26日現在)、住宅被害83,980棟、最大避難生活者数40,688人という甚大な被害が出ました。今回はみずからも被災しながら災害歯科支援活動に携わってこられた長谷先生に、当時の状況やその後みられた変化について振り返っていただきます。(編集部)被災者、そして歯科医師として振り返る時間を戻すことができれば令和6年能登半島地震から1年
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